人生交差点

生きているかぎり、本をつくる。後編

2022.03.07

不意に押し寄せる波を、うまく乗りこなせたらいいな、とよく思うんです。そう、まるで波乗りジョニーみたいに。札幌の地で出版社を営む寿郎社(じゅろうしゃ)の土肥寿郎さんも、波乗りジョニーなひとり。札幌に帰って会社を興すことになるとは夢にも思わなかったそう。土肥さんに押し寄せた“波”とは?

今回の投稿者
寿郎社 代表
土肥 寿郎さん
サンセリテ編集部
編集者・土肥寿郎の再出発は、経営者・土肥寿郎の幕開けでもありました。本づくりのプロも、経営は未知の世界。経営者としては全然ダメだったと話します。一体、どういうことでしょう?

やっぱり経営は難しいですよ。

寿郎社を立ち上げて、今春で22年。出版社の経営は至難の技です。社会的に意味があると思われていて、自分でもつくりたいと思って本をつくるわけですが、ニーズがあるわけではないから、独りよがりな本になったりぜんぜん売れない本になることが多い。制作原価が回収できない。どんなにがんばって本をつくっても売れなければ給料も家賃も出ない。いい本をつくろうとすればするほど貧乏になるというジレンマがありました。

それが、なんでか知らないけれど、去年くらいから出した本の売れ行きが上向いてきて、資金繰りが少し楽になってきた。借金もだいぶ返し終わった。そこまでくるのに20年かかりましたね。

アルバイト時代から含めて編集の経験は40年近くありますが、正直な話、本はだれにでもつくれる。問題はつくった本を売ること、つまり、難しいのは経営ですよ。編集プロダクションでも、晩聲社でも、サラリーマンでした。給料を払う側というのは全く世界が違いますね。

20年間、経営者としてみたら全然だめです。全然なっていない。自分でもバカだったなと思いながら、ダメな経験を少しずつプラスに変えていけたらなと思います。

事務所に入ると、天井ほどの高さの本棚がずらりと並ぶ。新しい紙の良い匂いがしました。

3人の大酒飲み。

札幌に、北大路公子さんというフリーライターがいます。関西の大学を出て、そのままそこでアルバイト生活をしていたのですが、おばあちゃんの介護のために実家に呼び戻されたひと。おばあちゃんと両親の世話ばかりの日常が辛くて、ストレス解消のために小説を書いたら、ある文学賞を獲っちゃった(笑)。そのうち書評の仕事を頼まれたりするようになって、気づいたらフリーライターになっていた、というおもしろいひとです。

それから、札幌市に東直己さんとうミステリー作家がいます。代表作は『探偵はバーにいる』。ススキノの居酒屋で知り合って、寿郎社という名前をつけるところにも協力してもらったひと。

もともと北大路さんは東さんの知り合いで、3人とも大酒飲みなんです。3人で集まって飲むと、周りがドンビキするような事態がよく現出しました(笑)。とあるバーベキュパーティーでは、3人で会場にあるビールをぜんぶ飲んでしまったとか。

慢性膵臓炎、糖尿病、腸閉塞。

酒は若い頃から本当によく飲んだ。日本酒なら一升、ワインならボトル3本くらい飲んでます。そんなんだったから飲み過ぎて膵臓を壊しました。急性膵炎で救急車で運ばれたんです。

数ヶ月は酒をやめたんだけど、なんとなく大丈夫になって、また飲んで、お腹が痛くなって入院。急性膵炎が、慢性膵炎に出世(笑)。

「いよいよこれはダメだ、手術しないといけません。膵臓の管に石が詰まって膵液が出せません」と言われ、膵臓を切って、腸とつなげる手術をしました。それから10年。酒は一滴も飲んでいないです。ただ、膵臓が壊れたせいで糖尿病になってしまって、インスリン注射を打つようになりました。

もうひとつ持病があります。腸閉塞。腸がねじれて塞がる病気です。1年に1回くらい、七転八倒するくらいの激痛に襲われる。膵臓の手術の影響らしいです。腸のねじれがないように、規則正しくしています。納豆とチーズを毎日。味噌汁も麹を入れていただきます。発酵食品をとると、やっぱり便通が良くなりますね。

仕事が立て込んで徹夜したり、コンビニのごはんで食生活が乱れたりすると、ねじれます。だから、なるべく決まった時間にご飯を食べるようにしています。

サンセリテ編集部
出版業界はブラックで・・・なんてよく聞く話ですが、土肥さんのワーカホリックぶりには目を見張るものがあります。お身体、大事にしてくださいね。最後に、冷めることない本づくりへの情熱と、土肥さんのこれからに迫ります。

本をつくることは、生きること。

本をつくることが、生きることとイコールなんです。病気だろうと、金がなかろうと、生きているかぎり、本をつくる。本をつくっていなかったら、ただのロクでもない人間ですよ。そう思ってますから、生きているかぎり、なんらかの意味ある本をつくり続けたいと思っています。

寿郎社にはもうひとり下郷沙季(しもごうさき)という編集者がいます。6年ほど前、ある著者にだれかアルバイトいない?って聞いたら、翌日、その人の知り合いの学生が「こんにちはー」って入ってきた。それからいろいろな仕事をもらったんだけど、Macで本文組みたいって言うから、デザイナーの領分までやってもらったりしている。自分で勝手に東京の講座を受けたりして、彼女は、編集から装丁からぜんぶ自分でやっています。

上段まん中の本が下郷さん編集&装丁デザインの本『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタリズムの出現』。根っこのイラストと黄色と黒のコントラストが目を引く。

つくった本は、こどもみたいなもん。

ここにある本は、21年で130冊になります。本って、1冊1冊、こどもみたいなもんです。大手の出版社なら売れない本の在庫は1年か2年で断裁してしまう。本の寿命は短いんですよ。新刊が出て気になる本はすぐに買っておけっていうのは、そういうことから。油断すると二度と手に入らない。

寿郎社では可能な限り、20年前の本でも在庫があれば断裁しないで売っています。ひとたび出した本は在庫が1冊でもあれば出荷する。出荷してたとえ返品になっても汚れを落としたり、カバーを取り換えたりして、「もう帰ってくるんじゃないぞ。良い人にもらわれていくんだぞ」と送り出します。

愛おしそうに、1冊1冊、本を紹介してくれた土肥さん。こどもを育てるように手をかけてきた様子が伺えます。

どんなジャンルの本であってもできるだけ世に役立つ本を、消費されない本を、一生懸命つくって、長く売っていこうと思っています。今だけ売れればいいというような本づくりは他でやってもらって、寿郎社から出る本はたとえ自費出版であっても、徹底的に直し、寿郎社でしか出せないというレベルまでクオリティを上げて出したいと思っています。そして長く売っていく。

だから、1冊1冊、ものすごいエネルギーを使ってつくっています。私は病気のこともあっていつ死ぬかわからない。だからそのつど全力で本をつくる。「これが最後につくった本になるかもしれない」という気持ちが、原動力になっていますよ。

最後に、土肥さんを囲んで。「いつか、土肥さんと本をつくりたい!」社長山本の新たな夢ができました。
サンセリテ編集部
昨今、合理主義だとか、生産性主義が叫ばれています。でも、人生は計画通りにいかないもの。予期せぬ出来事を柔らかく受け入れて、一つひとつと真剣に向き合いたい。いろんな波を乗り越えてきた土肥さんのように、「波乗りジョニー」になることが、私の当分の目標になりそうです。おわり。

この記事を書いた人

外山 夏央

新潟県生まれ東京都在住。1年の3分の1が雪に覆われる豪雪地帯で育つ。それゆえカラッと晴れた冬空の下で飲むビールが大好物。好きなものを好きなだけ食べて飲みたいがために、31歳にして初めて筋トレを始める。背中の贅肉とおさらばするのが今の目標。

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