人生交差点

直感派な、フレンチシェフのお話。前編

2022.02.08

誰にでも行きつけのお店がある。でも、そこで働くシェフの人生まで深くは知らない。サンセリテ編集部が行きつけのフレンチレストラン「Lovey(ラヴィ)」もそんなお店のひとつ。オーナーの安田さんは、あまり多くを語らない「ザ・職人」な人。一本気な姿に、どんな過去が詰まっているんだろう?安田さんの人生、味わわせてください!

今回の投稿者
フレンチレストラン「Lovey(ラヴィ)」 オーナー
安田知弘さん
サンセリテ編集部
インタビュアーのカカオです。今回ご登場いただくのは、フレンチシェフの安田知弘さん。最初にネタバラシをすると、就職したホテルが数年で倒産したり、転職先の社長が詐欺で逮捕されたり。いろんな逸話をお持ちの方です。

でも、会社の倒産とか、逮捕とかって案外、珍しい話じゃないですよね?あなたも実は・・・?なんてことも。

厳しい現実に直面して、ギュッと深みが増すのが人生だと思います。ぬるま湯に浸かり続けていたら、その人の“旨味”はぜんぶ逃げてしまいますから。安田さんの人生、まずは料理人を目指したきっかけから聞きました。

美容師か、料理人か。

両親は二人とも美容師。子どもの頃から、よく店の手伝いをさせられました。掃除をしたり、鏡を磨いたり、パーマのロットとガーゼ、タオルを洗って干したり。あと、料理も。兄もよく作ってくれて、見よう見まねでいろんな料理を作りました。将来は漠然と、技術職に就くんだろうなぁと思っていましたね。

高2のとき、美容師か料理人かで悩んだのですが、当時、「料理の鉄人」というテレビ番組が流行っていて。華やかな世界だなぁ、料理の方が美容師よりも勉強しなくて良さそうだなぁと、料理の道へ。あとで大きな間違いだと思い知らされました(笑)。

フレンチの師匠と、嫁と。

専門学校を卒業した後は、地元・札幌のホテルに就職。それなのに、入社1週間前に、系列のホテルが人手不足だからと、急遽、札幌から約130㎞離れた旭川への転勤が決まったんです。週末には結婚式が10件、それを4、5人のシェフで回すような多忙極まりないホテルで、1日16時間〜18時間は平気で働いていましたし、当時の料理の世界でよくある殴る蹴るといったパワハラも日常茶飯事でした。

旭川のホテルで、東京のフレンチの名店で10年働いていた一人の先輩と出会います。僕より一回り年上の32歳。パワハラは一切なし。その代わり、フランス料理の基礎と仕事の厳しさをみっちり叩き込んでくれました。フランス料理の道へ進もうと決めたのは、先輩のおかげです。妻と出会ったのもこの頃。札幌で働いていたら、フレンチにも、妻にも出会っていなかったかもしれません。人生、何があるかわからないものです。

ホテル倒産。社長逮捕。

旭川のホテルで3年半が経った頃、なんとホテルが経営破綻。仕方がないので札幌でフランス料理のレストランを探したのですが、当時はなかなか募集がなく、新規オープンのホテルで働くことになりました。同時に、夜中はススキノの洋食居酒屋でアルバイトを掛け持ち。そうこうしている間に、居酒屋の社長から「新しく出店するから料理長として店を持たないか」と願ってもみない誘いがありました。

ちょうど自分の店を持ちたいと思い始めた頃だったので、迷いなく転職。しかし、開店準備期間中、刑事がいきなり店に入ってきて、社長が詐欺で捕まった!その日のうちに仕事がなくなり、給料も未払いに。28歳、妻との結婚が決まっていたので、鈍感な僕でも流石にやばいなと思いました。でも、「そんなうまい話があるわけないか」と妙に納得したことを覚えています。

これまでのシェフ人生を「普通じゃない」と語る安田さん。ここでは言えない放送禁止用語が頻発する話もたくさんあるのだとか。
サンセリテ編集部
ここまでのお話、なかなかパンチがありました。でも、どの経験も、楽しそうにお話ししてくれて、ぜんぜん重苦しい空気にならない。どんなものさしで生きていたら、そんな風に軽やかでいられるんでしょう。生き方の指針はありますか?

直感で動く。失敗してから考える。

よく考えてから動けばいいんでしょうけど、僕にはそれができない。なんでも直感で決めて、ぱっと行動しちゃうんですよね。失敗しないと学べないんですよ。そんな僕を「危なっかしいやつ」と心配してか、気にかけてくれる優しい方が多かった。ありがたいですね。働く先がないときに、「うちに来ないか?」と声を掛けてもらえましたから。

特別に意識をしていたわけではないですが、どんな仕事も、人間性が大事なんじゃないでしょうか。旭川の先輩から、「料理の味は、人から出てくる」と教わりました。適当に仕込みをした料理は適当な味にしかならない。一からちゃんと心を込めて作れば、完成されたものになる。先輩は決して手を出す人ではなかったのですが、「人を殴った手で作ったものが、うまいと思うか」と言っていましたね。仕事を通じて人間性を磨く。今も大事にしている考えです。

寝る間も惜しんで学びまくった。

社長逮捕騒動のあと、しばらくは札幌で働いていたのですが、縁あって東京の外資系ホテルで5、6年働きました。2ヶ月に1度、外国のシェフを呼んでコラボレーションを企画するようなホテルで、スパイスが得意なシェフからカレーを習ったり、コロンビアのシェフから、鮪に食用蟻をまぶした料理を教わったり、面白かった。漢字検定2級を持つフランス人シェフの下で、日本語でフランス料理のことをみっちり学んだ経験も大きかった。

1日行けば3日帰れないくらい激務ではありましたが、空き時間を見つけてはホテルのベーカリーでパンの焼き方を学んだりと、吸収できることはぜんぶ吸収しました。それも、いつか店を持つという目標があったから。店を持つならパンは自分で焼かないとならないし、原価のこと、経営のことも知っておかないと。間違いなく東京での経験が今の自分を形づくっているでしょうね。

午前中の仕込み時間。テイクアウトの予約が多かったこの日は、妻の裕子さんも助っ人としてキッチンに立つ。
サンセリテ編集部
次回は、独立後のお話を。自分が美味しいと思うものを提供すれば繁盛すると思っていた安田さん。でも、そう簡単にはいかなくて…今も試行錯誤の最中だと話します。寝る間も惜しんで働き詰めの生活を続けてきた安田さんの健康も気になるところ。健康観についても聞きますよ。つづく。

この記事を書いた人

外山 夏央

サンセリテ編集室統括局。新潟県生まれ東京都在住。1年の3分の1が雪に覆われる豪雪地帯で育つ。それゆえカラッと晴れた冬空の下で飲むビールが大好物。好きなものを好きなだけ食べて飲みたいがために、31歳にして初めて筋トレを始める。背中の贅肉とおさらばするのが今の目標。

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