お肌や健康

健康長寿の秘訣は、好き嫌い!?

2022.03.28

人間っておもしろい! だって、みんな違うから。有名な偉人にも、身近な人にも、微笑ましくも尊敬できる、その人なりのエピソードが溢れています。印象的な「異人奇人」のエピソードを、毎回違う投稿者に語ってもらう本連載。第二弾の投稿者は、とっても長生きした自分の曾祖母について語ります。

今回の投稿者
サンセリテ編集室ライター
市村環

私の曽祖母、栄子さんが栃木県小山市に生まれたのは、なんと明治43年(1910年)。夏目漱石や芥川龍之介が、流行りの小説家として新刊を出していた頃です。

いつも明るくよく笑い、親戚一同から“おばやん”という愛称で好かれてきました。

おばやんの100歳の誕生日パーティー。ひ孫だけでなんと8人!

大正時代の昔に逆プロポーズをして嫁ぐなど、色々な逸話を残しているおばやん。今日は、そんな彼女について書いてみます。

私が0歳の時、おばやんは既に87歳でした。90代になっても杖もつかずスタスタと歩き、いつも上機嫌だったおばやんの姿は、小さい頃の私にとっては当たり前のもの。けれど最近になって思い出を振り返ると、「あれ?異常なほど元気で若々しいな」と思うのです。

私が小学校6年生の時、おばやんとお花見に行ったことがありました。

おばやんがベンチで一息ついていると、杖をついたおばあさんが隣に座って「良い天気ですね」とおばやんに声をかけました。声をかけられたおばやんはニコニコと笑って「そうですね」と返します。

「お達者ですね、おいくつですか?」とおばやんが尋ねると、相手のおばあさんは自慢げに答えました。「92ですよ。そちらは、背中も曲がってなくてしゃんとしてらして。おいくつ?」

おばやんは答えました。

「82歳ですよ。いやあ。私もあなたみたいに元気に年を取りたいものです」

その会話が聞こえた私はずっこけました。いやいや、おばやん。あなたは99歳じゃないですか!

大胆にも17歳もサバを読んだおばやんですが、相手は「あらそうなの」とまったく気付くことがない様子。その後、おばあちゃん同士でと仲良く褒め合っていましたが、おばやんは最後まで若輩者としてふるまっていました。

帰りの車の中で、「ものすごいサバ読んでなかった?」とおばやんに尋ねたところ、「杖もつかず腰も曲がってない私の方が年上です、なんて言ったら向こうに悪かんべ!」と言っていました。

お花見の後日おばやんの昔の写真を見たところ、確かに彼女の見た目は、80歳頃からほとんど変わっていませんでした。

それほど若々しく元気なおばやんでしたが、とくべつ健康に気を使っていたわけではありません。むしろ偏食家の上に、とても食が細かったのです。豆腐は嫌い。納豆は嫌い。魚は嫌い。牛肉は嫌い。夕食の献立は基本的に、ご飯と、野菜の煮物と、毎日飲んでいるコップ半分の日本酒。

好き嫌いしても健康に長生きできるんだね。私がそう聞くと、「嫌いなもん食わねっから長生きできんだよ。そんなんじゃ長生きできませんよって私に言ってたお医者の方が、先に逝っちまったんだから」と言って、好物のコーラを美味しそうに飲んでいました。

そんなおばやんの趣味は、敷地内の草むしりでした。一人でスタスタ歩いては、気になったところの雑草を綺麗に抜いていく。そのためか、彼女はとても握力が強いのです。

でも草むしりって、面倒な仕事だと思いませんか? ましてや、それが趣味だなんて、考えたこともありません。けれど彼女は、「やりたいだけやって、やりたくなくなったらやめっから、ストレスは無いよ。やらなきゃいけないと思ってイヤイヤやってたら、寿命が縮む」と言っていました。

 

おばやんは、105歳で大往生しました。最後の3年間は施設で過ごしていましたが、入居者とのおしゃべりが楽しくて、入る前よりも元気になっていたほど。その時、ひ孫の私は19歳の大学生でした。

施設でもらった104歳の時のバースデーカード。
「美味かった(馬勝った)、牛負けた」などの言葉遊びをよくしていました。

おばやんは、世界大戦をどちらも経験しています。夫を早くに亡くし、子供も一人亡くしました。苦労も悲しいこともとても多かったはずです。

それでも彼女の口癖は「ストレスがない、自分は恵まれている」でした。

彼女は起こる事象の全てを受け入れて生きていたように思います。

満たされるというのは、単にモノやお金に囲まれることではない、とおばやんの人生に学びました。

今あるものに目を向け、感謝する。人を愛する、食べたいものだけを食べる。それが、彼女が幸せだった理由ではないかと思うのです。

私もそうなりたい。けれど、そのように生きる難しさを、年を重ねるたびに痛感します。

これからは、人生100年時代。私はおばやんのように、体も心も健康で、おちゃめな100歳児になりたいと思うのです。

国語がとても得意だったおばやん。よく友人と文通をしたり、詩を綴ったりしていました。
この記事を書いた人

市村環

サンセリテ編集室ライター。栃木生まれ、栃木と島根育ち。マンガと映画と服飾が好き。実家はお寺ですが、煩悩の塊です。足のむくみが悩みで、風呂上がりのマッサージと就寝時の樹液シートが欠かせません。最近、歯科矯正を始めました。

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