異人奇人伝

生徒そっちのけで、全力全開で楽しむ先生。潔いね。

2022.06.06

身近に「エネルギー量が異常なまでに高い人」っていませんか?なんでそんなに夢中になれるの?いつ寝ているの?いつご飯を食べているの?と、こちらが不安になるくらいエネルギッシュな人。ある意味、狂気を感じますよね。

かくいう私も30余年の人生のなかで、エネルギー量が猛烈に高い人に何人か出会っているのですが、最近、気づいちゃったんです。意外とそういう人の影響を受けちゃっているなぁ、と。ほんのちょっと憧れている自分がいるなぁ、と。特に影響を受けたのは、小学5、6年生のときの担任、ヨウコ先生でした。

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小柄で、いつもニコニコしていて、おとなしいヨウコ先生。小学校の先生って動きやすいからジャージを着ているけれど、ヨウコ先生はいつも、シャツとニットと膝丈スカート。まじめで堅物そうな国語の先生って感じ。

それが、イベントごと、お祭りごととなると、豹変するんですよ!「お前ら、やる気あんのかー?」って声を荒げて。あなた誰ですか?ってツッコミたくなるくらい、“熱血お祭り女”に大変貌!子どもたちはポカーンです(笑)。

先生の異常性はいくつか挙げられますが、まず、勝ちへの執念がすごい。やるからには絶対に勝ちたい。有志のメンバーで出場したダンス大会も、クラス対抗の大縄跳び大会も、めちゃくちゃ練習させられました。

ダンス練習は夏休み。午前の部活が終わったあと体育館に集められ、お昼も食べずに黙々と練習しました。暑すぎて足元が自分の汗でびしょびしょになっちゃって、滑って失敗したりして。そんなときでも、「はい、もう一回」、「だめ、やり直し」。淡々と命令する鬼軍曹でした。

大縄跳び大会の練習は、昼休みしか全員の時間があわなくて。昼休みを1秒でも長く使いたいから、「給食は倍速で食べなさい」と。あのときは給食を噛んだり味わったりする余裕はなかったですね。もうただ、流し込んでいただけ。

正直私は、勝っても負けてもどっちでもよかったんですよ。ダンスとか、大縄跳びとか、そんなのみんなで一緒にやるだけで十分、楽しいじゃないですか。なんでそんなに熱くなるの!?と不思議でした。でもまぁ今なら、適当にやることほどつまんないことはないよなぁって、ちょっと分かります。

本当に優勝しちゃった(笑)。前列・右端の少年みたいな私。その後ろがヨウコ先生。

ヨウコ先生は、腕相撲も、雪合戦も強かった。「小学生になんか絶対負けない!」が口ぐせで、目の色が変わる変わる。小6男子ともなると、小柄な先生の身長と体重なんぞゆうに越して、喧嘩したら負けちゃいそうですけど。毅然とした態度で「いつでもかかってこいや、相手してやるで〜」というオーラばちばちでした。

それから、先生が別の小学校に赴任したあとは、人気テレビ番組の「小学生・30人31脚(二人三脚の30人バージョン)」という競技にハマってしまったそうで、実際、生徒を全国大会にまで連れていきました。県内でも1、2を争う山奥の小さな小さな学校の生徒たちを全国テレビで拝んだときは、正直、嫉妬しましたね。私も全国大会行きたかった〜って(笑)。

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納得いかないものはぜんぶ手作りしちゃう、という異常性もありました。たとえば、ダンス大会で踊った曲。大会には、「あらいばやし」という古くから地元に伝わる「民謡」を曲のなかに組み込む、というルールがあったのですが。練習時に流れてきた曲は、なんだかいつもの「あらいばやし」と違う。何十倍もアップテンポだし、お囃子の太鼓や笛の音以外に、ピコピコと機械音までが流れている。「先生、この曲どうしたんですか?」と聞いてみたら、平然と「これ、私が昨日作ったの」と。「そこまでやるんか!?」と背筋が凍りましたね。

音大を卒業したわけでもない、バンド経験があるわけでもない。素人なのに、プロの真似をやってみようとするのがすごい。普通、ひるみませんか?どうせ、上手くいかないだろうって。躊躇がないんですよ。

「ミッ◯ーマウス」とか「くまもん」みたいな、ドデカい着ぐるみを5体、手作りしてきたときは、いよいよ「普通の人じゃない!」と震えました。文化祭のとき、司会役の生徒がその着ぐるみを着て、サプライズで登場したんです。確かに会場は沸きましたけど、素人レベルのそれじゃなかったので、「秘密裏に学校のお金を使って誰かに作らせたんじゃないか」とあらぬ想像をしました。

「あの着ぐるみ、本当に先生が作ったんですか〜?」「そうだけど。」

真っ直ぐな目が怖い。納得せざるを得ない。それ以上は追及できませんでした。(正真正銘、先生がゼロから作ったものでした。)

噂の着ぐるみ。何日、徹夜して作ったんだろうか…。

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そうそう。最初にヨウコ先生から影響を受けた、とお話ししましたが、それは、私の今につながっています。先生の背中を見ているうちに知らず知らず、「なにかものをつくる仕事に就きたいなぁ」と思っていたんですよね。結果として、いろんなものづくりに携われているのだから不思議です。

それに、「自分が納得のいくレベル」を随分と高く引き上げてくれたな、とも思うんです。普通は、「ここまででいっか」とか、「これくらいで私は満足」って諦めちゃう。でも、もっと上手くなりたい、もっと高いレベルまで到達したい、という感覚を植え付けてくれた。ヨウコ先生の異常なまでの情熱と執念を見てきたからなんじゃないかな。

今、先生のことを思い出して「すごいなぁ」と思うのは、生徒に対して「あなたたちのためにやっている」とは、絶対に言わなかったこと。「生徒のためなんかじゃなく、あくまでも自分が楽しむためにやっている」というスタンス。小学校5、6年という多感な時期に、本当にたくさんの経験をさせてもらい、心から感謝しています。でも、もしも押しつけられていたら、嫌になっていたでしょうね。むしろ、私たち生徒のことなんかお構いなしに、ただただ、自分が楽しいからやっちゃっている。その姿が潔く、かっこよかったんだと思います。

熱血お祭り女のヨウコ先生、ありがとう!

この記事を書いた人

外山 夏央

サンセリテ編集室統括局。新潟県生まれ東京都在住。1年の3分の1が雪に覆われる豪雪地帯で育つ。それゆえカラッと晴れた冬空の下で飲むビールが大好物。好きなものを好きなだけ食べて飲みたいがために、31歳にして初めて筋トレを始める。背中の贅肉とおさらばするのが今の目標。

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